Between Worlds
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名古屋国際学園は、2009年4月から2010年10月まで、アメリカ中西部の日本人コミュニティ向けに発行されているフリーペーパー、”J'Angle”にインターナショナルスクールや帰国子女に関するコラムを連載しました。テーマは、インターナショナルスクールの現実、異なる文化の狭間で見た出来事、日本に帰国した帰国子女たちのその後などです。
アメリカに滞在する日本人の方向けに書かれたコラムですが、原文のまま掲載させて頂いておりますのでご了承下さい。
Between Worlds
Chapter 1. インターナショナルスクールと日本の社会
Chapter 2. ジブンって何ですか?
Chapter 3.『みんなそう思ってます。」
Chapter 4.「あなたはどう思いますか?」
Chapter 5. 旅立ちのとき
Chapter 6. Diversity
Chapter 7. 保護者と学校 1
Chapter 8. 保護者と学校 2
Chapter 9. 国際バカロレア① : 教育は国境を越えて
Chapter 10. 国際バカロレア②:大学も注目するIBディプロマ・プログラム
Chapter 11. 国際バカロレア③:国際化の壁
Chapter 12. 国際バカロレア④:生きる力
Chapter 13. 帰国子女ファイル① 理系から進路変更して法律家に
Chapter 14. 国際バカロレア⑤:“How do you know you know?”
Chapter 15. 帰国子女ファイル② 自分の可能性を広げるために
Chapter 16. レッジョ・エミリア① 子ども達の100の言葉
Chapter 17. レッジョ・エミリア② プロジェクト
Chapter 18. レッジョ・エミリア③ 鳥
Chapter 19. レッジョ・エミリア④ ドキュメンテーション
Chapter 20. 子どもの未来を創る
Chapter 21 食の個人主義
Chapter 22. クラブ活動
Chapter 23. インターナショナルスクールから日本の大学へ
Chapter 24. Global 30プログラムで広がる可能性
Chapter 1. インターナショナルスクールと日本の社会
現在では、国際的な教育認定団体*に認可を受けたインターナショナルスクールの卒業生にも、日本の大学入学資格が認められるようになりました。これまでは、アメリカ、カナダ、イギリス等に進学した生徒がほとんどでしたが、日本の大学に入学する道も開かれたのです。とはいえ、日本の教育システムを経験したことのない生徒が日本の大学受験をするのは大変で、ほとんどが特別枠で限られた大学,学部に進学しているのが現状です。また、人間の習慣や考え方は、良きにつけ悪しきにつけ、学校生活を通して自然に身に付いたことが意外と多いものです。日本の社会に適応するには、日本の教育を受けるのが一番ということでしょうか。
世界各国の生徒が集まるインターナショナルスクールでは、人と違うのが当たり前です。異なる文化も意見も尊重しますが、自分の意見もきちんと主張できなくてはなりません。個性や才能が重視されます。そういった環境は、日本の社会とは相反するものだと思われがちです。しかし、今後ますますグローバル化が進めば、もしかしたらそんな日本の社会も変わっていくのかもしれません。
*IB(国際バカロレア機構)、WASC(米国西部私立学校大学協会)、CIS(英国インターナショナルスクール会議)、ACSI(キリスト教学校国際協会)
Chapter 2. ジブンって何ですか?
2007年の流行語「KY(空気読めない)」は、個人の価値観よりも集団の中での協調性を重んじる日本人の国民性を物語っているのではないでしょうか。世界53カ国の個人主義度を比較したデータ*によると日本は22位。これはあくまでも文化の比較であって、個人主義が集団主義よりも優れていると言っているわけではありませんが、1位のアメリカをはじめとして
オーストラリア(2位)、イギリス(3位)、カナダ(4位)、ニュージーランド(6位)と、上位を占めるのは英語を母国語とする国です。「自分」を意味する言葉を比べても、英語はいつでも大文字で表記される「I」ただ一つであるのに対して、日本語には相手との関係の中での自分の立場やシチュエーションに応じてバリエーションがあり、
集団の中での自分の位置づけを重視する日本の文化がうかがえます。「自分」とはすなわち「自ら」の「分」、つまり集団を構成する一部分としての自分であり、大前提にあるのは集団の存在、集団あっての自分なのです。
どうやら言語の違いと文化や価値観の違いは無関係ではないようですが、果たしてこれらの違いはどのような教育の違いに結びつくのでしょうか?
*Hofstede, Geert; Culture’s Consequences: Comparing Values, Behaviors,
Institutions, and Organizations Across Nations. 2001
Chapter 3. 「みんなそう思ってます。」
世界53カ国の個人主義度を比較したデータについては前回ご紹介しましたが、その中で上位のアメリカ(1位)のような個人主義の国と、日本(22位)のような集団主義の国では、教育にどのような違いがあるのでしょうか。
ある研究者*は、集団主義の国で学校とは、物事を「どう行うか」すなわち、社会の一員としてうまくやっていくために必要なスキルを学ぶ場だと言っています。確かに日本の小学校ではまず、先生の話を聞く事、規則を守る事、助け合う事、秩序を守る事が重視されますが、これらはどれも、日本の社会に溶け込むために必要なスキルです。個人の利益よりも集団の利益が優先されることや、集団の中で得られる連帯感や安心感も、長い集団生活で自然に身に付いていきます。
誰かを説得するときに「みんなそう思ってる」「みんなそう言ってる」と言う人がいますが、
これも、個人の考えもさることながら、集団としての意見を最優先すべきだという意識の現れで、日本の社会では不可欠なものかもしれません。
それでは個人主義の国アメリカで生きる為に必要なスキルとは何でしょうか?またそれを身に付けるためにどんな教育が行われているのでしょう? それはまた次回お伝えします。
* Hofstede, Geert; Culture’s Consequences: Comparing Values, Behaviors,
Institutions, and Organizations Across Nations. 2001
Chapter 4. 「あなたはどう思いますか?」
集団主義の国で学校とは物事を「どう行うか」を学ぶ場であるとした研究については前回触れましたが、個人主義の国ではどうでしょうか?
前回ご紹介したHofstede*の研究では、個人主義の国で学校とは、生徒に「どう学ぶか」を教える場、つまり、社会に出てひとりの人間として成功するために必要なスキルを身につける場であるとしています。インターナショナルスクールでも、小学生のうちからあるトピックについて自分で情報を収集し、調査した内容を分析し、答えを導き出し、プレゼンテーションをすることを盛んに行っていますが、これは、社会で生きていくのに必要な思考力、分析力、自己表現力の育成が目的です。協調性も大切ですが、むしろそれよりも個人の能力や特質に重点がおかれます**。人はどうあれ、自分がどんな人間であり、どう思うかが重要なのです。
日本でも、2011年から実施される新学習指導要領は、思考力、判断力、表現力の育成に力を入れた内容になりました。これは、やはりこれからの社会で生き抜くためにはそういった力が必要であるということが、日本でも認識されてきた証ではないでしょうか。
*Hofstede, Geert; Culture’s Consequences: Comparing Values, Behaviors,
Institutions, and Organizations Across Nations. 2001
**White, Marry; The Japanese Educational Challenge: A Commitment to
Children
Chapter 5. 旅立ちのとき
日本ではどちらかというと卒業式よりも入学式の方が重視されがちですが、アメリカ、そしてインターナショナルスクールでも、高校の卒業式は人生において結婚式と同じくらい重要な儀式かもしれません。中でもクライマックスは卒業証書の授与です。一人一人名前を呼ばれて卒業証書を受け取ると、観客の方を向いてまっすぐ立ち、それまで自分の顔の右側にかかっていた角帽のタッセル(房)をゆっくりと左側に移動させます。この瞬間、晴れて卒業生となるのです。同時にこれは、両親の庇護から離れて一人前の大人として歩きはじめる瞬間であり、家族や恩師、友人達への決意表明でもあります。これが卒業式が重大な意味を持つ所以です。この「卒業」の瞬間、それまで緊張で引き締まっていた卒業生の表情が和らぎ、ガッツポーズをする生徒、卒業証書に軽くキスをする生徒、はにかんだ笑顔を見せる生徒と様々ですが、この一瞬はその生徒だけのものであり、観客も拍手と共に温かく見守ります。この新しい人生のスタートの瞬間に立ち会うために、海外に住む祖父母もはるばるやって来る、それほど重要な儀式なのです。
卒業式は英語では「Commencement
Exercise」と呼ばれます。始まりの儀式、つまり文字通り旅立ちのときといったところでしょうか。
Chapter 6. Diversity
アメリカでは教育は州が管轄し、予算もまちまちで、地域ごとの教育格差が顕著です。そんな中、先日、47の州が小学校から高校までの教育水準の統一を検討中であることが報じられました。文科省の学習指導要領により、基本的に全国どこでも同じ内容を学習する日本では当たり前のことですが、アメリカでは画期的な出来事でしょう。とはいえ、様々な人種、宗教が共存し、地域によって貧富の差の激しいアメリカで、教育水準の統一を実現するのは容易なことではないはずです。
生徒のバックグラウンドが多様であるという点では、インターナショナルスクールも同様です。正式な認可を受けたインターナショナルスクールにはきちんとした学習到達目標がある訳ですが、年齢は同じでもそれぞれに異なる学習背景を持つ生徒達を同じ水準に到達させるのも、やはり容易ではないように思えます。日本の学校では考えられないことでしょう。しかし日本であってもアメリカであっても、子供は本来、ひとりひとり異なる個性や才能を持っていて、人生の目標も異なるもの。個々の生徒の才能や理解度に合わせつつ到達目標をクリアし、将来自分の力で目標を達成出来る人間を育成するのは、教育の一つの理想ではないでしょうか。
Chapter 7. 保護者と学校 1
日本の学校では、授業参観や保護者面談、運動会などの行事以外に、保護者が学校に出入りする機会はあまりありません。ところが、アメリカと同様、インターナショナルスクールでも、多くの保護者が毎日送迎のために学校に足を運ばれるのに加え、教室の内外で、ボランティアをして下さる保護者も沢山いらっしゃいます。日常的に保護者と教師が顔を合わせ、学校コミュニティが非常に緊密な関係にあります。日本人の保護者の方も、多少の言葉の問題はあっても、積極的に教師とコミュニケーションをとろうとして下さっているようで、放課後の廊下では、教師と立ち話をされている光景をあちこちで見かけます。2年ほど前、文化の違いが教育に与える影響を調査するために日本人保護者に実施したアンケートでも、多くの保護者が、教師と生徒、保護者との関係が日本の学校と比べて緊密であると感じている事が分かりました。
しかしながら、同じ調査で外国人教師に実施したアンケートでは対照的な結果が出ました。不思議なことに教師達は、外国人保護者と比べ、日本人保護者に対して言葉の壁以上の距離を感じているようです。どうしてこのような矛盾が見られるのでしょうか? この続きはまた次回で。
Chapter 8. 保護者と学校 2
人種、宗教、ライフスタイルが多様なアメリカでは、生徒のニーズや各家庭での道徳観等も一様ではなく、モラルやしつけも家庭の責任であると考えられています。同じ事柄でも家庭によって捉え方が違うため、学校は家庭のことには口を出さないという考えが浸透していて、学校から家庭への連絡は日本ほど多くないようです。教師も保護者も、何か気になる事があれば保護者から学校にアプローチすべきだと考えています。一方、全体的に生徒や家庭のニーズが似通っていて、保護者への配慮もきめ細かい日本の学校では、必要ならばきちんと学校から連絡があるため、普段から積極的に教師にアプローチする保護者は多くないでしょう。その結果、日本人としては教師とコミュニケーションをとっているつもりでも、外国人教師の方では本来の教師と保護者の関係とはほど遠いと感じるようなのです。教師との関係が緊密だと感じる日本人保護者とは対照的に、外国人の教師は日本人保護者と距離を感じているという矛盾は、両者のお互いに対する期待の違いから生じるものではないでしょうか。
お子さんがアメリカの現地校に通う皆さんも、学校の事で聞きたいことや不安なことがあったら、些細なことだと思っても、まず日本的な遠慮は捨てて、教師に直接相談してみて下さい。
教師も喜んで耳を貸し、自分の出来る事なら力を貸してくれるでしょう。
Chapter 9. 国際バカロレア① : 教育は国境を越えて
これまで日本とアメリカの教育の違いについて説明してきましたが、実は最近アメリカでも脚光を浴びている、国ごとの教育の違いを超えた共通のプログラムがあります。それは、国際バカロレア(IB)※—スイスに本部を置く国際教育認定機関、国際バカロレア機構(IBO)が提供する総合的学習プログラムです。ビジネスや政治の世界で国際化が進み、世界中を転々とする外交官やビジネスマンの懸念は、自国とは異なる教育システムで大学進学準備を余儀なくされる子供達の教育でした。そこで、世界各国で大学入学資格として認められ、一貫して高水準の教育を提供する共通の教育システムとして誕生したのがIBで、現在では125カ国、2700校以上で実施されています。異文化理解を通じ世界平和に貢献し得る国際的教養人の育成を目指し、思考力や創造性を重視しながら、幅広い分野での深い知識の習得を要する難易度の高いカリキュラムで、世界各国の難関大学からも高い評価を受けています。小学校、中学校、高校向けに、それぞれPYP、MYP、
DP※※の3つの課程があり、IBOの認可を受けた認定校で履修出来ます。次世代のリーダーを養成する理想的なプログラムと言えますが、履修言語は英語、フランス語、スペイン語のいずれかとなるため、残念ながら一般的な日本の学校での実施は難しく、17校ある日本の認定校のほとんどはインターナショナルスクールです。次回から数回にわたり、大学進学に直結するDPについて説明します。
※International Baccalaureate
※※ PYP=Primary Years Programme, MYP=Middle Years Programme, DP=Diploma
Programme
Chapter 10. 国際バカロレア②:大学も注目するIBディプロマ・プログラム
国際的な大学進学準備コースであるIBディプロマ・プログラム(IBDP)は、高校の最後の2年間、つまり11年生時と12年生時の2年間をかけて、
ディプロマ資格(IB
Diploma)の取得を目指すコースです。現在、日本で12校、アメリカでは670校でIBDPが実施されており、取得を目指す生徒の約80%が最終的にディプロマ資格を取得しています。
ディプロマ資格を取得するためにはまず、履修する科目やレベルに満たさなくてはならない要件があります。2年間を通して課題や提出物、試験がありますが、中でも12年生の5月に実施される修了試験が重要です。最終成績は、国際バカロレア機構の試験官により世界統一の基準をもって査定され、履修した各科目のスコア及びその合計が基準以上であった場合にディプロマ資格が授与されます。
その難易度の高さと厳格な審査基準が世界中の大学から評価されているため、ディプロマ資格を取得した者は大学レベルの学習に充分対応出来る能力が備わっているとして、大学への出願書類上のアドバンテージになるのです。 特にアメリカの大学では、スコア次第では入学後の単位の一部免除や飛び級、奨学金支給などのメリットが受けられる場合もあります。IBディプロマ・プログラムは、まさに世界が認めた優れた教育プログラムなのです。
Chapter 11. 国際バカロレア③:国際化の壁
IBプログラムは、国ごとの教育の違いを超えた、世界共通の学習プログラムです。世界中どこに行っても一貫した教育が受けられること、2つ以上の言語の習熟を目指すことなど、自国以外の文化圏で学習する生徒にとってぴったりの教育環境といえるでしょう。しかしながら、様々な国の要素を取り入れているからこそ、大変な面もあります。
普通、高校のカリキュラムは学期ごとまたは1年ごとに完結するように組まれていますが、より深く幅広い知識の習得を追求するIBプログラムの修了にはまる2年を要し、しかも途中で科目の変更が出来ません。ところが、世界各国で実施されているプログラムだからこそですが、現在世界中のIB認定校で履修可能な科目数は、言語科目だけでも45カ国語以上あります。 各校はその中から学校の規模や地域性に合わせて数カ国語を選び、生徒はまたその中から自分の履修する科目を選びます。言語以外の科目についても同様です。すると、もし途中で転校することになった場合、それまで履修していた科目が転入先では履修出来ない、つまりせっかく始めたコースが修了出来なくなる可能性もあるのです。
教育に限界があるとは考えたくないのですが、異なる文化や価値観を持った人々が同じゴールを目指すためには、乗り越えなければならない壁があるのは現実の世界と同じですね。
Chapter 12. 国際バカロレア④:生きる力
一般的にIBプログラムは難易度が高いプログラムとして知られていますが、その他にもいくつか大きな特徴があります。そのひとつとして挙げられるのが、CAS(Creativity, Action, Service)です。これは、生徒が各自テーマを決めて芸術活動や奉仕活動に従事するものです。福祉施設でボランティアをしたり、校内のイベントを企画、運営したり、地域の清掃活動をしたり、と活動内容は多岐にわたります。時折アドバイザーの教師の指導も受けますが、基本的に活動の計画や、協力をお願いする様々な団体への働きかけも生徒本人が行います。最終的には自分の活動を自ら評価し、レポートも提出しなければなりません。単に「活動」するだけでなく、責任感、計画性、主体性や客観的な分析力、そして本当の意味での実社会との関わりが求められるのです。教室内や教科書からは学べない実体験を通して、社会の一員としての役割を自覚し、生きる力を身につける、いわば人間教育です。結局そこから何を得るのかは本人次第ではありますが、子供達が現代社会で生き抜くために必要な強さと優しさを身につけて欲しいと願うのはどの文化でも同じはずです。そういえば日本の学校で10年ほど前から始まった、「総合的な学習の時間」にも少し似ていますね。
Chapter 13. 帰国子女ファイル① 理系から進路変更して法律家に
海外の現地校やインターナショナルスクールから、日本に帰国する帰国子女たち。彼らはその後どんな道を歩み、今どうしているのでしょう。これは、帰国後、日本のインターナショナルスクールに編入した彼らのその後の記録です。
6歳 父親の仕事のため渡米
17歳 帰国 インターナショナルスクール12年生に編入
18歳 インターナショナルスクールを卒業 ミシガン大学に進学
23歳 大学卒業 日本の国際特許事務所に就職
24歳 ヒューストン大学ロースクールに進学
27歳 ロースクール卒業 米国司法試験に合格 オーシャ・リャン法律事務所に就職 現在に至る
アメリカから帰国後、インターナショナルスクールの12年生に編入したY君。理系が得意でエンジニアを目指して工学部に進んだ。しかし、在学中に特許弁護士という職業の存在を知り、技術と法律の両方の専門知識を必要とすることに魅力を感じ、大学卒業後は針路を変更してロースクールで法律を学ぶ決心をする。その準備を進める一方で、まずは一度法律の世界で働いてみるため帰国、国際特許事務所に就職した。
特許出願の翻訳や拒絶理由通知の対応などをこなしながら、特殊かつ国際的な職場で英語と日本語を駆使する仕事に大きなやりがいを感じ、ロースクールで法律を学ぶ意欲を新たにした。一年後、いよいよロースクールで本格的に法律を学ぶようになる。司法試験に合格後、現在はオーシャ・リャン法律事務所で米国特許弁護士として活躍している。
Y君からひとこと『特許弁護士として世界各国のクライアントに法律業務を提供しながら、インターナショナルスクールで得た国際的な体験が非常に有益だったと実感しています。国際化が身近に感じられるようになった現代において、インターナショナルスクールは、多数国間の文化交流の重要さ、そして楽しさを学ぶ理想的な環境だと思います。』
Chapter 14. 国際バカロレア⑤:“How do you know you know?”
今や「地球温暖化」について聞いた事がない人はいないでしょう。でも地球温暖化は本当に良くないことでしょうか? 原因は私達人間なのでしょうか?
あなたが地球温暖化について「知っている」と思っていること、どうしてあなたはそれを真実だと信じるのですか? ・・・国際バカロレアに関するお話の最終回は、IBディプロマ・プログラムの科目のひとつでIBの大きな特徴でもあるTOK(Theory
of Knowledge/知識の理論)についてです。
TOKでは、「知識」つまり「知っている」と認識している事柄を様々な角度から分析し、論証します。
学校で習ったり新聞を読むことにより得た「知識」をどう捉え、生かすかは生徒次第、正解などありません。
例に挙げた地球温暖化でも、「実はそれほど深刻ではない」と結論づける生徒もいるかもしれません。他人に反対されても、重要なのは自分の考えを持ち、それをどう表現し、どう生かすかーついつい他人に合わせたくなってしまう日本人が最も苦手とすることですね。でも比較的簡単に「知識」を得られる情報過多な現代だからこそ、真実を見極め、正しい判断を下す力、すなわち「知恵」が必要になってくるのではないでしょうか。
—我々は他人の知識によって物知りにはなれるが、賢くなるには、我々自身の知恵によるしかない。 モンテーニュ 「随想録」より
Chapter 15. 帰国子女ファイル② 自分の可能性を広げるために
海外の現地校やインターナショナルスクールから、日本に帰国する帰国子女たち。彼らはその後どんな道を歩み、今どうしているのでしょう。これは、帰国後、日本のインターナショナルスクールに編入した彼らのその後の記録です。
3歳 父親の仕事のため渡米
6歳 帰国 日本の小学校に入学
11歳 再び渡米
16歳 帰国 インターナショナルスクールの11年生に編入
18歳 上智大学国際関係学部に入学 現在に至る
父親の2度目のアメリカ赴任を終えて帰国したMさん。帰国後は、英語教育に定評があり帰国子女を沢山受け入れている地元の私立高校と、インターナショナルスクールとの間で迷ったが、アメリカの大学への進学を望んでいたこともあり、インターナショナルスクールに編入した。ハイスクール卒業を控え、アメリカと日本のいくつかの大学に合格したが、両親は、日本で英語力を活かすこともひとつの道ではないかと考えるようになっていた。アメリカに戻りたいという気持ちが強かったMさんだが、自分の可能性を広げる為にはどちらがいいのか考えてみたらとの両親の言葉に、改めてインターネットで情報を集め、先生や年上の友人、既にアメリカの大学に進学していた3つ上の姉の意見を聞くなどして考えた結果、日本の大学を選んだ。現在は東京で忙しくも充実した大学生活を送っている。来学期からは交換留学生としてアメリカへの留学が決まっている。
Mさんからひとこと『米国の大規模な学校から、小さなインターナショナルスクールに編入した当初は戸惑いましたが、今一番大切に思っているのはそこで出会った一生の友人達です。私にとって“大きな家族”みたいでした。上智大では、学部の学生だけでなく、サークルや学校のイベント、バイトなどを通して他の学部や大学の学生とも仲良くなり、いろいろ経験しました。アメリカでの大学生活も、今からとても楽しみです。』
Chapter 16. レッジョ・エミリア① 子ども達の100の言葉
モンテソーリ、シュタイナーなど世界には様々な優れた幼児教育がありますが、中でも現在、世界中の幼児教育関係者から注目を浴びているのが、レッジョ・エミリア方式です。第2次世界大戦後すぐにイタリアではじまった幼児教育法ですが、1991年にニューズウィーク誌にて「世界で最も優れた10の学校」としてレッジョ・エミリアの幼稚園が紹介されて以来、アメリカだけでなく世界各国から見学に訪れる人が後を絶たないそうです。
レッジョ・エミリアとは、イタリア北部の街の名前です。戦争中の圧政から解放された市民が、平和な未来の創造を託すべき子ども達のための教育の場を作ろうと、文字通り手作りで建てた幼稚園で生まれ、実践されてきました。レッジョ・エミリアを語る上で欠かせないのが、創始者の1人であるロリス・マラグッチ氏の詩で、この教育法の理念ともいえる、「子ども達の100の言葉」です。
要約すると、「子どもは100の言葉、考え方、聞き方、話し方、理想、驚き方、愛し方・・・を持っているのに、学校や文化がそのうちの99を奪ってしまう」・・・では、レッジョ・エミリアでは、子ども達がそれぞれ持っている“100の言葉”を残さず表現できるようにするためにどのようにしているのでしょうか? 今後数回にわたり、レッジョ・エミリアの保育法についてご紹介します。
Chapter 17 . レッジョ・エミリア② プロジェクト
イタリアで生まれ世界に広がったレッジョ・エミリアの幼児教育プログラムを構成しているのは、数日から時には数ヶ月にも及ぶプロジェクトです。プロジェクトは子ども主導で進んでいきますが、子ども達が思うままにやりたいことをやっている訳ではありません。教師は新しいプロジェクトを始める前に綿密な計画をたてます。予め子どもの興味を引きそうなことを想定しますが、進行中のプロジェクトが新しいプロジェクトに発展することもあります。その都度教師はプランを練り直します。
例えばランプについてのプロジェクトは拾った木の皮でランプを作ろうと言ったある生徒の言葉がきっかけでした。家にあるランプと同じように明るく光が灯るためにはどうしたらいいのでしょう? そこで誰かが電気の存在に気がつくと、今度はみんなで電気の仕組みについて考え、更には、車、電池、声、など身の回りの様々な物や現象の仕組みを探るプロジェクトに発展しました。
生徒達は、車はどうやって動くのか、声はどうやって出るのか等、身の回りの物事の仕組みに思いを巡らせ、絵と言葉で表現しました。中には科学的な正解とは程遠いものもありますが、ここで大切なのは知識を得ることだけではありません。物事に関心を持つこと、自分で考え、表現すること・・・学習とは本来そういうものではないでしょうか。
Chapter 18. レッジョ・エミリア③ 鳥
レッジョ・エミリアではプロジェクトを通して、物事への興味や自分で考える力を育んでいくことは前回お伝えしましたが、先日、5歳児のクラスでそれを象徴する出来事が起こりました。
発端は1人の生徒が窓の外に2羽の美しい鳥がとまっているのを見つけたことですが、その後、何て言う種類の鳥だろう、どこから来たんだろう、何をしているんだろう・・・と、生徒達の疑問は溢れ出したら止まりません。鳥のことを詳しく知る為に、手分けしてスケッチをし、それから図書室でその鳥について調べようと生徒達の方から言い出しました。これを格好の学習機会と捉えた教師は急遽その日の予定を変更し、こうして鳥についてのプロジェクトがスタートしました。
幼児教育とは、無知で弱い存在の子ども達を、大人が守り、導くべきものだという考え方もあるでしょう。教師が生徒達に鳥のスケッチをさせ、図鑑を見せて説明しても、鳥についての知識を得る事は出来るでしょう。しかし、子どもを好奇心と可能性に満ち、成長の欲求にあふれた1人の人間であると捉えているレッジョ・エミリアでは、子どもが主導で答えを探すことを重要視しています。大人や社会の価値観で子どもを導くことだけが教育ではありません。なぜなら、子どもにだって、身近な問題や疑問を自分で解決する力があるからです。
Chapter 19. レッジョ・エミリア④ ドキュメンテーション
レッジョ・エミリアを語る上でもう1つ欠かせないのが、”ドキュメンテーション”と呼ばれる記録文書です。これは、生徒が考え、学ぶ過程を写真や生徒の会話の記録などにより記したもので、いくつかの重要な目的があります。
ドキュメンテーションを作成するために教師は、生徒達の会話や活動の様子を書き留めたり、録音したり、写真やビデオで撮影したりします。これらを後でじっくりと見直し、記録文書化する作業は手間がかかりますが、生徒達の言葉に改めて注意を払うことで、子どもにとって何が大切なのか、何に関心を持っているのか、プロジェクトの更なる発展の可能性についてなど、教師にも新たな発見や、他の教師と情報や意見を交換する機会が生まれます。記録を残すために生徒達をより注意深く観察し、質問したり提案したりすることで、生徒達も教師の自分たちへの関心を自覚し、お互いに対する理解を深めることにも繋がります。
ドキュメンテーションはほぼ毎週のように更新され、教室の近くの見やすい場所に掲示されますが、印刷されて家に持ち帰ったり、インターネットでも見ることが出来るようになっていて、教室での子どもの姿を見る機会の少ない保護者も、プロジェクトが進行する過程をほぼリアルタイムで共有出来ます。ドキュメンテーションは教師、生徒、保護者の間の相互理解と絆を深める重要なツールなのです。
Chapter 20. 子どもの未来を創る
文科省の認可を受けていない日本のインターナショナルスクールでは、文科省の教育基準に則っていないため、学校のあり方や方針、目標など、学校運営のガイドラインは自ら定めなくてはなりません。更に、世界中のインターナショナルスクールは経済やその地域の国際化状況などの、時には予測不可能な要因の影響を受けやすく、学校を取り巻く環境や生徒層が変化すると、創立時の目標をいつまでも掲げているわけにもいきません。そこで、多くのインターナショナルスクールでは、何年かに一度、学校の運営方針の見直しを行う機会を設けています。
名古屋国際学園の運営方針は5年前に見直されたばかりですが、その後学校を取り巻く環境は大きく変わりました。外国籍の生徒の割合が増加し、国籍も多様化し英語圏以外の国の生徒が増えました。生徒層が変われば生徒のニーズも変わり、IBプログラムの導入のようにプログラムの変更も必要になります。時代が変われば理想とする子供の将来像も変わります。そこでこのたび、有志の保護者と教師が集まり、子供が学校で何を学び、何を目指すべきか、またそれを実現するためにどうするべきかが議論されました。このようにカリキュラムや具体的な運営計画を創り上げるのは即ち、子供の将来を創ることでもあります。それを保護者が主体となって行うところが、日本の教育とは大きく違うところではないでしょうか。
Chapter 21. 食の個人主義
アメリカでは基本的に生徒のモラルやしつけについては家庭に委ねられていることは以前にも少し触れましたが、このしつけについての日米の考え方の違いは、意外なところで垣間見ることが出来ます。それは、生徒達のランチです。
給食がある日本の小中学校では、全員が同じものを食べるのが基本です。学区によって違うこともありますが、アレルギーなどで食べられない場合を除き、自分のお皿に盛られた分は食べなければなりません。好き嫌いのある子にとっては辛いですが、毎日栄養のバランスがとれたランチを食べられるのは保護者にとっては安心でしょう。 何でもバランス良く食べるべきだという教育が学校で行われているともいえます。
一方、アメリカのようにカフェテリアで自分の好きなものを好きなだけお皿に取って食べる事が出来るシステムだと、栄養の偏りが気になるところです。野菜もお肉もちゃんと食べるよう、どうして学校で指導してくれないのかと思われがちですが、アメリカ人にとってはきちんとした食習慣をつけるのは家庭の責任、自分の体に良い食事をするのは自分の責任なのです。(とはいっても現実には甘い誘惑に勝てない子どもも多い事はお察しのとおりだと思いますが。)
子どものうちから安全でバランスのとれた食習慣を身につけるべきなのは万国共通ですが、個人主義がこんなところにも現われているのですね。
Chapter 22. クラブ活動
日本のインターナショナルスクールのクラブ活動はシーズン制です。日本の学校の部活動なら、例えば野球部に入部した生徒は、退部しない限り卒業するまでずっと野球部、稀に複数の部をかけもちする場合を除き、基本的には1つのスポーツを続けるのですが、インターナショナルスクールでは、第1クオーターは野球、第2クオーターはバスケットボールというように、クオーター毎に種目が入れ替わり、全部に参加すれば、年間4種類のチームスポーツを体験出来ることになります。 日本の中学校や高校が参加するような大きな大会には参加しませんが、同じリーグに属するインターナショナルスクール同士の対外試合や、地元のチームとの練習試合があります。やるからには勝利を目指すのは日本の部活動と同じですが、どの種目も約3ヶ月でシーズンが終わってしまうため、日本の部活動のように、みっちりと基礎から訓練する時間がなく、すぐに実戦になります。素振りや球拾いなどの「辛い下積み」が無い分、生徒達は純粋にスポーツを楽しんでいるようです。プロの選手を目指す訳ではないのなら、楽しく体力作りが出来れば充分のような気もします。ただし、日本の社会で欠かせない、上下関係や礼儀作法、忍耐などを学べるのは、やはり日本の部活動ならではなのかもしれません。
Chapter 23. インターナショナルスクールから日本の大学へ
本来インターナショナルスクールのカリキュラムは、アメリカやカナダなど英語圏の大学に進学することを目的としており、ほとんどの卒業生は海外の大学に進学します。それでも、日本人の保護者の方にとっては、日本の大学に進学出来る可能性があるのかどうかも気になるところでしょう。
文科省はインターナショナルスクールの卒業生でも、所定の要件※を満たしていれば日本の高校を卒業した者と同等以上の学力があるとして大学入学資格を認めています。しかしながら、
日本の教育システムとは異なるカリキュラムで学習してきた生徒が一般入試を受験するのは現実的には容易なことではなく、かといって帰国生としての入学資格が認められている訳でもありません。そこで、日本の大学へ進学するインターナショナルスクールの卒業生の多くは、一部の大学に設けられている、受験生の国籍や、高校課程をどこの国で修了したかを問わない学部に進学することになりますが、この場合専攻分野の選択肢は非常に限られてしまいます。
しかしながら現在、インターナショナルスクール卒業生にも、その選択肢が広がる動きがあります。文科省が実施する国際化拠点整備事業、「グローバル30」と呼ばれるプログラムですが、くわしくはまた次回お伝えします。
※WASC(米国西部地域私立学校大学協会)、CIS(インターナショナルスクール会議)、ACSI(キリスト教学校国際協会)の認可を受けた学校で12年の課程を修了するか、国際バカロレア・ディプロマ資格を取得した18歳以上の生徒
Chapter 24. Global 30プログラムで広がる可能性
文科省の国際化拠点整備事業 (グローバル30)は、 大学において質の高い教育と海外の学生が留学しやすい環境を提供するための取り組みとして始まりました。 現在のところ、採択拠点として選ばれた13の大学※の修士課程と学士課程で実施されることになっています。 講義は英語で行われ、主に対象となるのは日本国籍を持たない留学生ですが、場合によっては、日本のインターナショナルスクールを卒業した日本国籍の生徒にも出願資格を認める大学、学部もあるようです。
実施期間や出願資格、対象となる学部等は大学によって異なりますので、事前に各大学に確認して頂くことが必要です。ちなみに、もともと留学生を対象としたプログラムですので、ホームページ上の情報も英語のみの大学がほとんどです。 大学や学部によってはかなりの倍率も予想されるので、実際にどれくらい門戸が開いたことになるのかは未知数ですが、新たな選択肢が加わったことは確かです。優れた語学力、貴重な海外での生活経験、ユニークな教育背景を持ちながらも、教育システムの違いという壁に選択肢を狭められてきた帰国子女の皆さんの可能性が、これでほんの少しでも広がったとしたら大変素晴らしいことではないでしょうか。
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